はじめに
最近、私は何冊かの本を並行して読んでいます。
小説、エッセイ、自己啓発書。
その日の気分に合わせて本を開く時間が、今では私にとって当たり前の楽しみになりました。
その中の一冊が、児童文学の名作として知られる『モモ』です。
まだ読み終えてはいません。
だから今回は、本の感想ではありません。
「なぜ今、私が『モモ』を読んでいるのか。」
その理由を書いてみたいと思います。
あの頃の私は、本が好きではなかった
『モモ』は、小学校の図書室や地域の図書館ではよく見かける本でした。
タイトルも知っていました。
でも、当時の私は本を読むことがあまり好きではありませんでした。
読書より外で遊ぶ方が好きでしたし、分厚い本を見るだけで
「これは無理だな。」
そう思ってしまう子どもでした。
読書月間のライバル
そんな私にも、一人だけライバルがいました。
ここではMちゃんと呼ぶことにします。
Mちゃんは本が大好き。
しかも、とても負けず嫌いでした。
学校では「読書月間」があり、
一か月で何冊読んだか、何ページ読んだかを競うイベントがありました。
Mちゃんは毎日のように本を読み、一日に一冊読み終えてしまいます。
私はというと、
「負けたくない。」
そんな気持ちだけは人一倍ありました。
でも読むスピードが全然違う。
ページ数を増やそうと思えば文字の小さな本を読まなければいけない。
でも難しくて進まない。
かといって絵本や挿絵の多い本を借りると、読書カードに本のタイトルを書くのが少し恥ずかしい。
子どもながらに、そんなことまで気にしていました。
手に取れなかった一冊
Mちゃんは『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』のような分厚い本も、どんどん読んでいました。
「すごいな。」
「悔しいな。」
そんな気持ちで一緒に図書室を歩いていたある日、
Mちゃんが一冊の本を手に取りました。
「私は次これを読む!」
そう言って見せてくれたのが、
『モモ』でした。
私はその本を見て思いました。
「気になっていた本だ。」
でも同時に、
「こんな分厚い本、絶対読めない。」
とも思いました。
文字も小さい。
ページも多い。
私には遠い存在の本でした。
結局、読書月間の勝負はあっけなく負けてしまいました。
でも、不思議なことに『モモ』だけは心のどこかに残り続けていたのです。
25年越しの再会
それから約25年。
最近読んだ長倉顕太さんの『本を読む人はうまくいく』には、おすすめの本が101冊紹介されていました。
「次はどれを読もうかな。」
そんな軽い気持ちでページをめくっていると、
そこに『モモ』の名前がありました。
その瞬間です。
小学校の図書室。
読書月間。
Mちゃん。
あの頃の景色が、一気によみがえりました。
「そういえば、あのとき読めなかったな。」
たった一冊の本のタイトルが、25年前の記憶まで連れてきてくれたのです。
今だから読めるのかもしれない
子どもの頃は、
「難しそう。」
その一言で諦めていました。
大人になってからも、
『モモ』が名作であることは何度も耳にしてきました。
でも、「いつか読もう」のまま時間だけが過ぎていました。
今回ようやく本を買い、
ページをめくり始めています。
まだ途中ですが、
子どもの頃には見えなかったものが、今なら見える気がしています。
人生経験を重ねた今だからこそ、心に響く言葉もきっとあるのでしょう。
もしあの頃読んでいたら、また違う印象だったかもしれません。
本には「読むタイミング」がある。
最近、そんなことをよく思います。
本は、思い出まで連れてきてくれる
本を読むことは、新しい知識を得るだけではありません。
一冊の本が、昔の自分や当時の友達、教室の空気まで思い出させてくれることがあります。
『モモ』は、私にとってそんな一冊になりました。
まだ物語は最後まで読めていません。
だから感想を書くのは、もう少し先になりそうです。
でも今は、25年前の自分が手に取れなかった本を、こうして読めていることが少しうれしいのです。
読み終えたとき、私はどんなことを感じるのでしょうか。
その答えは、またレビュー記事でゆっくり書いてみたいと思います。



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