「普通って何だろう?」
そんなことを考えたことはありませんか?
私は、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を読んで、久しぶりにこの言葉について深く考えました。
「普通はこうするもの」
「みんながそうしているから、自分もそうしたほうがいい」
これまでの私は、そんなふうに周りと同じであることを、無意識のうちに気にしていたように思います。
特に仕事をしていた頃は、「自分は周りからどう見られているんだろう」と考えることがよくありました。
会議で発言したあとに、
「今の言い方、変じゃなかったかな」
「上司は何を求めていたんだろう」
「もっと違う答えを言ったほうがよかったのかな」
と、家に帰ってから何度も思い返してしまう。
今思えば、私は「正解」を探していたのかもしれません。
でも、その正解は本当に自分が望んでいたものだったのでしょうか。
『コンビニ人間』を読んで、そんな疑問が浮かんできました。
『コンビニ人間』とは
『コンビニ人間』は、村田沙耶香さんによる小説です。
主人公は、18年間コンビニでアルバイトを続けています。
コンビニで働くことによって、自分が社会の中にうまく馴染めているように感じる主人公。
ところが、周囲からは「どうしてずっとアルバイトなの?」「結婚しないの?」など、一般的な生き方から外れていることを心配されたり、疑問に思われたりします。
主人公自身は、自分なりに満足して生きている。
それなのに、周りから「普通ではない」と見られることで、少しずつ状況が変わっていきます。
この作品を読んで私が強く感じたのは、
「普通」というものは、自分自身が決めているとは限らない
ということでした。
私も「普通」に合わせようとしていた
私は以前、会社員として働いていました。
仕事をしていれば、もちろん自分なりに頑張らなければいけません。
でも、私は仕事そのものだけではなく、
「周りからどう見られているか」
を気にしすぎていたように思います。
会議で発言したあとに何度も自分の言葉を振り返ったり、誰かの反応が少し違っただけで「何かまずかったかな」と考えたり。
今振り返ると、仕事で失敗すること以上に、
「周りから変な人だと思われること」
を恐れていたのかもしれません。
「これくらいできて当たり前」
「社会人ならこうするもの」
「みんなと同じようにできなければいけない」
そんな「普通」に自分を合わせようとしていました。
でも、よく考えてみると、「普通」の基準なんて人によって違います。
ある人にとって当たり前のことが、別の人にとっては大きな負担になることもある。
逆に、自分にとっては普通のことが、誰かにとっては特別なことかもしれません。
そう考えると、「普通」という言葉は、思っている以上に曖昧なものなのだと思います。
結婚したら、子どもがいたら……それも「普通」?
30代になって、結婚して子どもを育てるようになった今も、「普通」という言葉を意識することがあります。
結婚したら、家庭を大切にする。
子どもが生まれたら、子どものために頑張る。
母親になったら、家事も育児もちゃんとする。
仕事を辞めたら、「働いていない自分は大丈夫なのかな」と思う。
もちろん、これらが悪いという話ではありません。
私自身も、家族との生活を大切にしています。
ただ、「こうするのが普通だから」という理由だけで、自分の選択を決めてしまうのは少し違うのではないかと思うようになりました。
以前の私は、「みんなはどうしているんだろう」と周りを見ることが多かった。
でも今は、
「私はどうしたいんだろう?」
と考えることのほうが大切なのかもしれないと思っています。
「人と違う」は、悪いことじゃない
『コンビニ人間』を読んでいて、印象に残ったのは、主人公が「自分にとっての心地よさ」と「周囲が求める普通」の間で揺れるところでした。
人は誰かと関わりながら生きていく以上、周囲の価値観を完全に無視することはできません。
だからこそ難しい。
「自分らしく生きればいい」と簡単に言うこともできますが、実際には、人と違うことに不安を感じることもあります。
私自身もそうです。
人と違う選択をすると、
「これでいいのかな」
と思うことがあります。
でも、この本を読んでからは、
「人と違うこと」と「間違っていること」は別なんだ
と、少しだけ思えるようになりました。
みんなと違うからといって、それが間違いとは限らない。
誰かの正解が、自分の正解とは限らない。
当たり前のことなのに、日々の生活の中では忘れてしまいます。
「自分の基準」を持つということ
では、どうすれば周りの「普通」に振り回されずにいられるのでしょうか。
私は、「周りを気にしない人になる」必要はないと思っています。
もともと周囲の変化や人の気持ちを気にするタイプの私は、突然「他人の目なんて気にしません!」とはなれません。
それよりも、
「周りがどう思うか」と「私はどうしたいか」を分けて考えること。
これが大切なのではないかと思います。
誰かに褒められる選択なのか。
みんなが選んでいる選択なのか。
それとも、自分自身が納得できる選択なのか。
迷ったときには、この3つを少し意識してみる。
それだけでも、自分の気持ちに気づきやすくなるのではないでしょうか。
読み終えて、少し肩の力が抜けた
『コンビニ人間』は、読んでいてずっと心地よい作品というわけではありません。
むしろ、「普通とは何か」「自分らしく生きるとは何か」を突きつけられるような場面もあります。
でも、だからこそ、自分自身のことを考えるきっかけになりました。
私はこれまで、「ちゃんとしなきゃ」と思うことがたくさんありました。
母親だから。
大人だから。
社会人だから。
周りの人もそうしているから。
でも、「ちゃんとする」の基準まで誰かに決めてもらう必要はないのかもしれません。
自分にとって無理のない生き方とは何なのか。
何を大切にしたいのか。
どんな毎日なら「私はこれでいい」と思えるのか。
それを決めるのは、自分自身でいい。
『コンビニ人間』を読み終えたあと、私はそんなふうに思いました。
こんな人におすすめしたい
この本は、こんな人におすすめです。
・「普通はこうするもの」と考えてしまう人
・周りと自分を比べてしまう人
・人からどう思われるか気になってしまう人
・自分の生き方に迷っている人
・「このままでいいのかな」と感じることがある人
・自分らしく生きることについて考えてみたい人
特に、周囲に合わせることに少し疲れている人には、一度読んでみてほしい作品です。
おわりに
『コンビニ人間』を読んで、私は「普通」という言葉について考え直しました。
普通に学校を卒業して、普通に働いて、結婚して、子どもを育てる。
そんな人生が間違っているわけではありません。
私自身も、その中でたくさんの幸せを感じています。
ただ、それが「誰にとっても正解」というわけではない。
人生には、一人ひとり違った心地よさがあります。
誰かと同じであることよりも、
「私はこれでいい」と自分で思えること。
それが、自分らしく生きるということなのかもしれません。
これから先も、周りを気にしてしまうことはきっとあると思います。
それでも、そんな自分を責めるのではなく、
「私は本当はどうしたい?」
と、自分に問いかけられる人でいたい。
『コンビニ人間』は、そんなことを考えるきっかけをくれた一冊でした。



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