ブログを始めてから、本との向き合い方が変わりました。
以前は、ただ物語を楽しんで読み終えることが多かったのですが、今は本を閉じたあとに考える時間が増えました。
「この作品は、何を伝えたかったのだろう。」
「私は、この本から何を受け取ったのだろう。」
そんなことを考えながら、自分の言葉でレビューを書く時間が好きになりました。
本を読むことが、ただの趣味ではなく、自分と向き合う時間になった気がしています。
だからこそ、「もっと読みたい」「もっと書きたい」という気持ちも、以前より大きくなりました。
でも、夏休みに入ってから、そのペースが一気に変わりました。
子どもたちと過ごす時間が増え、一日はあっという間に過ぎていきます。
お昼ご飯を作って、一緒に遊んで、家のことをしているうちに夕方になり、「今日も本が読めなかったな」と思う日もあります。
ブログを書こうとパソコンを開いても、集中できない日もあります。
夏休みは始まったばかりなのに、少し息苦しさを感じていました。
「このままで大丈夫かな。」
「前に進めていない気がする。」
そんな焦りが、心のどこかにありました。
でも、ある日ふと思ったのです。
私は、本当に前に進めていないのでしょうか。
考えてみると、夏休み前と今では、毎日の過ごし方そのものが違います。
自分だけの時間がたくさんあった頃と同じように、本を読み、ブログを書けるはずがありません。
それなのに私は、以前と同じペースで進もうとしていました。
できない自分を責めながら。
私は昔、「前に進む」ということを、何か目に見える成果があることだと思っていました。
本を一冊読み終えた日。
ブログを更新した日。
新しいことを始めた日。
そんな日だけが、「今日も前に進めた」と思える日でした。
でも、本当にそうなのでしょうか。
子どもと一緒に笑った時間。
「ママ、見て!」と呼ばれて、一緒に笑った時間。
暑いねと言いながら家族で過ごした時間。
そんな何気ない一日も、きっと人生の大切な一ページです。
成果としては残らないかもしれません。
ブログの記事にはならないかもしれません。
でも、今しかない時間を過ごしていることに変わりはありません。
最近、植物を見ていて思いました。
毎日見ていると、ほとんど変化がないように見えます。
でも、気づけば新しい葉が出ていたり、少し背が伸びていたりします。
人も同じなのかもしれません。
毎日劇的に変わるわけではありません。
何も進んでいないように思える日でも、心の中では少しずつ考え方が育ち、経験が積み重なっています。
だから、一歩一歩が小さくても、それはちゃんと前に進んでいることなのだと思います。
ブログを始めてから、「早く次の記事を書きたい」と思うことが増えました。
それは、自分でもうれしい変化です。
書きたいテーマがある。
紹介したい本がある。
そんなふうに思えること自体、数年前の私にはありませんでした。
だから今の焦りは、「できない自分」が嫌なのではなく、「好きだからもっとやりたい」という気持ちの裏返しなのかもしれません。
そう考えると、この気持ちも少し愛おしく思えてきました。
夏休みは、いつもより歩幅が小さくなる季節。
それでも、一歩も止まっているわけではありません。
本を読めない日があってもいい。
ブログを書けない日があってもいい。
子どもたちと笑って過ごした時間も、私にとっては大切な時間です。
きっと夏が終わった頃には、また少しずつ自分の時間が戻ってきます。
そのとき、「あの本を読もう」「あの記事を書こう」と思える自分がいれば、それで十分です。
以前の私は、「前に進むこと」ばかり考えていました。
でも今は、少しだけ考え方が変わりました。
人生には、大きく前へ進める時期もあれば、ゆっくりと歩く時期もあります。
走ることだけが前進ではありません。
歩幅が小さくても、立ち止まらずに歩いているなら、それも立派な前進です。
だから私は、この夏を焦らずに過ごしたいと思います。
本を読むペースが落ちても、ブログの更新がゆっくりでもいい。
今しかない子どもたちとの時間を大切にしながら、自分の「好き」も忘れずにいたい。
そうして過ごした夏は、振り返ったときにきっと、「あの時間も必要だった」と思える気がするからです。
前に進めないんじゃない。
今は、歩幅が小さいだけ。
もし今、この文章を読んでいる誰かも、私と同じように「思うように進めない」と感じているなら、どうか焦らないでほしいです。
走れない日があっても、一歩が小さい日があっても、それでも昨日とは違う今日を生きています。
また歩きたくなったときに、自分のペースで歩き始めればいい。
人生は速さではなく、歩み続けることの方が大切なのかもしれません。



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