『幾千の夜、昨日の月』を読んで。夜が少し好きになった理由

Hobbies(Books&Movies)

私は、夜があまり好きではありませんでした。

暗くなると、一日の終わりが近づいているような気がするからです。

昼間は明るくて、やることもたくさんある。

でも夜になると、今日一日が終わっていく。

そんな感覚があって、私はどちらかというと「夜より昼のほうが好き」なタイプでした。

そんな私が出会ったのが、角田光代さんの『幾千の夜、昨日の月』です。

この本は、角田光代さんがこれまでの人生で出会ったさまざまな「夜」について綴ったエッセイです。

旅先で見た夜。

誰かと過ごした夜。

子どもの頃の夜。

そして、今とは違う時間の流れの中にあった夜。

一つひとつの「夜」が、ただの時間ではなく、そこにいた人や、そのときの気持ちと一緒に描かれています。

読んでいるうちに、私はふと思いました。

「私にとって、夜ってどんな時間だったんだろう?」


「まるごと夜」という言葉に驚いた

この本を読んで、特に印象に残ったのが、モンゴルでの「まるごと夜」について書かれた部分です。

私が普段過ごしている夜とは、まったく違う夜。

街の明かりがあり、家の明かりがあり、スマートフォンやテレビなど、夜でもたくさんの光に囲まれている。

そんな私たちにとって、「夜」というものは、暗闇そのものではなくなっているのかもしれません。

だからこそ、「まるごと夜」という感覚がとても新鮮でした。

夜は、ただ昼が終わったあとの時間ではない。

本来は、昼とはまったく違う世界が広がっている時間なのかもしれない。

そう思うと、今まで何となく苦手だった夜が、少し違って見えてきました。


子どもの頃の「夜」は、自分のものではなかった

本の中で、「子どものころには夜がなかった」という感覚について書かれているところも印象に残りました。

子どもの頃の夜は、自分で自由に使える時間ではありません。

「もう寝なさい」と言われる。

決められた時間に布団に入る。

大人が作ってくれた生活の中で、夜を過ごす。

だから、子どもの頃にとって夜は「自分の時間」というより、大人によって管理されている時間だったのかもしれません。

そう考えてみると、大人になった今の夜は、少し違います。

もちろん、仕事や家事、家族との生活があるので、完全に自由というわけではありません。

それでも、子どもの頃よりは自分で時間を選べるようになりました。

「今日はもう休もう」と決めることもできる。

好きな本を読むこともできる。

静かな時間を過ごすこともできる。

そう考えると、夜は「一日の終わり」だけではなく、自分のために使える時間でもあるのだと思いました。


私は、夜が嫌いだったのかもしれない

この本を読んでいて、自分でも少し意外だったことがあります。

私は「夜が嫌い」というより、もしかしたら夜が持っている静けさが苦手だったのかもしれないと思ったのです。

昼間は、やることがあります。

家事をしたり、人と話したり、何かを考えたり。

忙しくしている間は、自分のことを深く考えなくても済みます。

でも夜になると、周りが静かになる。

一日の出来事を振り返ったり、明日のことを考えたりする。

昼間なら気にならなかったことまで、急に大きく感じることもあります。

だから私は、夜になると少し落ち着かない気持ちになっていたのかもしれません。

でも、それは夜が悪いのではなく、静かな時間だからこそ、自分の心に気づきやすくなっていただけなのかもしれません。


夜は「何もしない時間」でもいい

大人になると、時間を有効に使おうとしてしまいます。

せっかく時間があるなら、何かをしなければ。

本を読む。

勉強する。

仕事をする。

家事を片付ける。

そんなふうに、「何かをした時間」に価値があると思ってしまうことがあります。

でも、夜くらいは何もしなくてもいいのではないでしょうか。

今日一日を頑張ったなら、ただぼんやりする。

好きな音楽を聴く。

温かい飲み物を飲む。

布団に入って、本を少し読む。

そんな時間も、自分の人生の一部です。

『幾千の夜、昨日の月』を読んで、私は「夜を所有する」という感覚について考えるようになりました。

誰かに決められた夜ではなく、自分で過ごし方を選べる夜。

それは、忙しい毎日の中では意外と貴重なものなのかもしれません。


思い出の中にある「夜」

この本を読んでいると、自分自身の過去の「夜」も思い出します。

特別な出来事があった夜だけではありません。

何となく過ごした夜。

誰かと話した夜。

旅先で見た夜。

子どもの頃の夜。

そのときは何とも思っていなかった時間が、何年も経ってから思い出になることがあります。

「そういえば、あのときこんな夜だったな」と。

夜そのものを覚えているというより、そこにいた人や、そのときの自分の気持ちと一緒に記憶されている。

そう考えると、夜は不思議な時間です。

同じ夜は二度と来ない。

昨日の夜と今日の夜は、同じように暗くてもまったく違う。

だからこそ、「昨日の月」というタイトルにも、時間の流れや記憶の儚さを感じました。


今の私にとっての夜

今の私にとって、夜は一日の終わりです。

家族との時間があり、やることを終えて、ようやく一息つける時間でもあります。

以前は、「早く一日を終わらせたい」と思っていた夜もありました。

でも、この本を読んでからは、夜を少しだけ違う目で見るようになりました。

一日が終わるということは、今日を無事に終えたということでもあります。

何か特別なことができなくてもいい。

今日も一日を過ごした。

それだけで十分なのかもしれません。

夜は、何かを成し遂げるための時間ではなく、今日の自分を休ませるための時間。

そう考えると、以前よりも夜に対して優しい気持ちになれます。


読み終えて、夜が少し好きになった

『幾千の夜、昨日の月』を読む前の私は、夜をどちらかというと「一日の終わり」として捉えていました。

でも、読んだあとには、

「夜も人生の一部なんだな」

と思うようになりました。

夜には夜にしかない景色がある。

夜にしか生まれない気持ちがある。

そして、夜だからこそ思い出せる記憶もある。

そう考えると、今まで少し苦手だった夜も、悪くないものに思えてきます。

これからは、夜をただ「早く終わってほしい時間」として過ごすのではなく、自分のための時間として大切にしてみたいと思います。


こんな人におすすめしたい

『幾千の夜、昨日の月』は、こんな人におすすめしたい一冊です。

  • エッセイが好きな人
  • 旅や知らない土地の話が好きな人
  • 昔のことを思い出すのが好きな人
  • 日常の何気ない時間を大切にしたい人
  • 静かな気持ちで本を読みたい人
  • 自分の過去や記憶について考えてみたい人

特に、「何気ない日常の中にあるものを、少し違う角度から見てみたい」という人には、ぜひ読んでみてほしいです。


おわりに

『幾千の夜、昨日の月』を読んで、私は「夜」という当たり前の時間について考えました。

普段なら、ただ暗くなって一日が終わっていくだけ。

でも、その夜にも、そのときにしかない時間があります。

誰かと過ごした夜。

一人で過ごした夜。

旅先で見た夜。

何もせずに過ごした夜。

その一つひとつが、いつか自分の記憶になっていくのかもしれません。

そして、今この瞬間の夜も、いつか「あの頃の夜」として思い出す日が来るのでしょう。

そう思うと、今日という一日を終えることが、少しだけ惜しくなります。

夜は、ただ一日が終わる時間ではない。

今日を振り返り、明日へ向かうための、自分だけの時間なのかもしれません。

『幾千の夜、昨日の月』は、そんなことを教えてくれた一冊でした。

これからは、夜を少しだけ好きになれそうです。

コメント